「貴校へ入学できたならば、姉妹校へ交換留学がしたいです。」
受験の面接で私が試験官に述べた一言。
したいです。そもそも応募できるかわかりませんが。父母は外国も外国人も好きではないので、家で留学云々口にしたこともない。
入学してしばらく経った頃、「オーストラリア〇〇校への交換留学生の応募について」というプリントが配布された。

これぞ待ちに待った交換留学の案内・・・!!
「期間は約1年」
おお、たっぷり設けられている。
「費用は約40万円」
たっ!大金なのでは!?いやでも1年でこの金額は安いのか!?
「御家族の協力が必要です。」
そりゃそうでしょう。
「御家族は、オーストラリアからの学生を受け入れて頂き、共に生活を送って頂くため、最低限の英語でのコミュニケーションを・・・」
子供を交換するのか!!!家族がオーストラリアの子と寝食を共にするのか!!!!!
我が家には戦争経験者で大正生まれのお祖父ちゃんもいるし、
寝たきりのお祖母ちゃんもいる。
白人が(白人か知らんけど)家の中をうろうろしていたら卒倒してしまうかも・・・
純日本人の両親は英語なんて微塵も話せないし、そもそも外国人全般に良い印象を持っていない保守的な年代。。。
いやでも親に話をしてみれば奇跡でも起きるのかな?
いやいやそんなのどうやって切り出すんだよ。
いやでも最初から諦めるのは・・・
指を咥えて見ていた交換留学生の出発
「◯年◯組の◯◯さんが、この度姉妹校へ交換留学生として出発することになりました。」
親に話せなかった。
「それでは、抱負を述べていただきます。」
そもそも話すまでもなく、無理だった。
「精一杯、吸収して帰ってきます!」
お金を払ってもらうだけならなんとか行けるかも・・・と思っていたが、家族がオーストラリア人と一緒に住むなんて想像もつかないよ。。。
「オーストラリアからの学生は、◯年◯組に入ってもらいます。」わーやったー!可愛いといいなー!と男子生徒がざわつく。
私は指を咥えて、出発セレモニーらしきものを眺めていた。
「行けるものなら、行きたかったな・・・。」
1年後、帰国した学生の英語の発音は、舌を巻くほど素晴らしく、とても美しかった。たった1年でこんなにも習得できるものなの???たくさん努力したんだろうな。
科目の進度に違いがあり、「こんな難しいこと向こうで習わなかった!!」と面食らいながらも、勉強の遅れを取り戻していた。
大変な側面もあったと思うけれど、それにしてもあの綺麗な発音は、何者にも変えられないとても貴重な宝物だと思った。
こゆきの独り言
兄が言っていた「3年間を誰とどう過ごすかの方が重要だろうが!環境は重要なんだぞ!!」の言葉。
入学してすぐに思い知ることになった。
彼らには私の冗談が、全く通じない。
元々私は友達を笑わせる事が好きで、冗談を言ったり、面白いことをしたりしていた。いつも頭の中は、どうやってあの子を笑わせるか?ばかり考えていた。
人を笑顔にするのって、とてもやり甲斐のある行いですよね。こっちも幸せな気持ちになる。
ところがどっこい高校で同じようにクラスメイトを笑わせようとすると
「どういうこと?????」ってなるんです。
「・・・・え?」ってなるんです。
私の生きがいは、完全に失われました。
会話も面白くないし、なんか浅いし、え〜・・・私、ここで3年間過ごすの・・・?
お兄ちゃんが言ってたことって、こういうことだったのか・・・
誰と、どう過ごすか。
こんな地獄があるってことがわかっていたら、受験頑張ったかもな・・・
では、また。
















