海外留学×自衛隊
志を胸に、生きた記録。
海外留学

本当は、まだ海外留学したいんじゃないの?

留学のイメージ

 

大学生の頃お付き合いしていた彼氏の一言

 

「こゆきちゃん、いっつも留学したかったって言ってるの、気がついてる?」

 

当時付き合っていた彼の急な指摘に、一瞬フリーズした。

 

「高校の時の姉妹校の話何回聞いたかなw 本当はまだ、留学したいと思っているんじゃない?

 

え・・・・

 

留学ってのはお金もかかるし家族にも迷惑かけるやつだよ。私以外のどっかの誰かがやるものだよ。

そりゃ、いけるものなら・・・

 

「まあ、確かに、うん。でも、お金もかかるし親だって・・・」

 

「子どもはさ、お金の心配しても仕方ないじゃん。つまりは、親がOK出すかどうかだよ。

あのね、学生のうちしかできないことってあると思うよ。留学が、まさにそうだよ。

今やるべきだよ。

俺が今、オーストラリア行きたいなーって思っても、社会人になってからは難しいよ。色々考えることが多くてさ。

だから、可能なら今やるべきだよ。

親が協力してくれて、親のお金が許せば絶対に行くべきだよ。

留学ってのは、チャンスとタイミングが揃わないと行けない。

じゃないとさ、行きたかったなーって一生言い続けるよ?」

 

私が海外に行くことになったらお互い何年も離れることになっちゃうのに、そんな目先のことよりも、人生という長い視点で話をしてくれたことに感動しつつ、

 

こんなに真っ直ぐに「チャンスを逃すな!」「親に話をしてみろ!」と背中を押してくれるなんて。

 

誰しも、今日が一番若い

今しかできないことは、実はたくさんある。

自分では、自分のことが全然見えていなくて、後から振り返って「タイミングはあの時だった」と思うことは多い。

「今だよ!」と教えてくれた彼氏には、本当に感謝している。

 

実は、留学についてこっそり調べていて、もし留学できるならここに行きたい!という学校を見つけていた。

英語を勉強しに海外に行くんじゃなくて、英語を道具として使える人材になってバリバリ働きたい。

勝手に夢を見るくらい、いいよね。ゼロ円だし。

 

私はまず、に思いを打ち明けてみることにした。

 

母親ってのはね、子どもの味方なのよ

 

「お母さんはお金を出してあげられないから、お父さんに聞いてみなさい。」

いや、父に切り出すのが怖いから、ちょっと助け舟出してくれないかなーなんて思ってたのに・・・

 

居間でテレビを見ている父の前に正座し、切り出した。

 

お父さん、私、海外留学がしたいです。」

 

は!?

 

「今、大学2年の前期が終わったところで、もう卒業に十分な単位は全て取りました

3年生と4年生の分の学費を足しにして、海外の大学に編入させてください。」

 

 

バカ言ってんじゃない!!!

 

父はブチギレた。

 

遊びたいだけだろ!」とか

あの男と過ごしたいだけだろ!

と散々な言われようで、話すどころではなくなってしまった。

(当時、彼は父に超絶嫌われていた。父曰く、恋愛は同年代とするものなんですって。そりゃま何個かは年上だったけど同年代に変わりはないよ・・・もういいけど。)

 

後日、目星をつけていた学校の説明会が開かれると知って、母と一緒に父を説明会へと引っ張って行った。

母はこそっと、「お母さんはこゆきちゃんの味方よ。」と言ってくれた。

が、

なんでそんなもんに行かなきゃいけないんだ!!」と父は終始不機嫌で、本当に怖かった。

お願いします!これだけ、一緒に行ってください!!

と、どうにかして母と連れて行ったが、本当に怖かった。

あんなブチギレたお父さん、一時停止違反で警察に捕まった時以来初めて見たよ・・・

 

 

『1年間、東京でアカデミック英語を学び、

大学の授業で必要なレベルの読解力・プレゼン力・スピーチ力・論文の書き方・文章力等を身につけてもらいます。』

 

そうそう!私に足りないのはこれなんです!!

 

『十分な練度に達したら、日本にいながらにして海外の大学の単位を取ることができるクラスへ進んでいただくこともできます。』

 

この説明会は、

ネバダ州立大学ジャパンキャンパス International College in Japan

通称、NICと呼ばれる学校のものだ。

 

『現在日本には、英語が使えて自国の製品を他国のマーケットに売り込める人材がほとんどいません。

昔は、家電といえば日本製でしたが、現在、アメリカの家電量販店では韓国製や中国製の商品がほとんどを占めています。

日本製のものは、ジャパンコーナーって看板の下に、店の片隅に記念品のように置いてあるだけです。

物好きだけが日本製を買うような状況です。』

 

うわ、面白そう。もっと法律も深掘りしていきたいけど、私がその人材としてマーケットを開拓していけたら、めっちゃ人の役に立ちそう

 

一方で、父はずーーっと不機嫌かつ不満な顔で説明を聞いていた。
が、それを察してか説明係の方がこんな話を続けた。

 

『とは言っても、今のこの経済大国の日本があるのは、ご先祖様のおかげなんです。』

 

ご先祖様・・・?

 

『日本を守り、さらに発展させていくためには、我々が頑張らないと。そのためには、海外で働ける人材、負けない人材が必要なんです。』

 

子どもと親御さんが座るエリアの、ど真ん中の前の方で不機嫌をばら撒いていた父の表情が、少し和らいだように見えた

 

母が、ふふっと微笑んで「では帰りましょうか。」と言い、私たちは会場を後にした。

 

 

土下座して頼んだ海外留学

その日の夜、改めて父の前に正座し、頭を下げて頼んだ。

父は、頭を抱え、しばらく無言だったが、

なんで行きたいの?海外の大学。」と聞いてきた。

 

「もっと、自分をレベルアップさせたいからです。こんなんじゃ、社会人になれないと思うから、

私のことを誰も知らないところで、ゼロから人間関係を作って、勉強して、荒療治的に修行したいんです。」

 

「あのさ、皆んなそんな大したことないよ?社会人って。」

「まぁ、そうかもしれないけど・・・」

今の私には、足りないものがたくさんある。気がする。

 

「・・・海外の大学は、必ず卒業できるの?」

「一般的には入学するまでが大変とか言われてるけど、日本の大学よりもかなりハードらしい。

どうなるかはわからないけど、今持ってる単位を移行して、編入することもできるみたいだから、単位をゼロから取るってわけじゃないみたいだよ。」

 

「重要なのは、お前が、免状を持ってこれるかどうかなんだよ。」

免状って、卒業証書のことか。

 

「今ほとんど単位取っちゃったんでしょ?

じゃ、とりあえず卒業して、学士もらってきなさい。

その上で、海外に行って免状取ってきなさい。

そしたら海外で失敗しても、大卒だろ。」

 

え!?そんなフルコースでいいの!?

いや、でもそれじゃ、これからの2年もったいないし、2年分の学費が・・・

 

バイトとか英語の勉強とか、やることはあるでしょ。そうやって過ごしなさい。」

 

そうして、後の2年間はゆったり過ごしつつ、自学研鑽に励んだ。

が、周りは就活をしているのに私だけ優雅に過ごしていることに罪悪感を覚えないことはなかった。

彼氏とは、別れることになった。

「邪魔しちゃうからなー。応援してるよ。」と。

 

もしかしたら、彼は、神様の使いか何かだったんじゃないか。

本人にすら見えていなかった願望、そしてその時期に居ることに気づかせてくれて、ありがとう。

実現できるよ!って教えてくれて、ありがとう。

背中を押してくれて、ありがとう。

 

そして何よりも、私の希望を叶えてくれたお父さん、本当にありがとう。

 

 

こゆきの独り言

 

「知らないこと」は、怖いことです。

 

今こうして振り返ってみると、父は「海外留学」なんていう訳の分からんものが急に出現したので、不安だったのかもしれません。だからあんなに怒ったのかなって。

 

大学1年生の時に参加していたディベートゼミにおいて、ある学生がこんなことを言いました。(なんの議論だったかは忘れました。社会がテーマだったか・・・)

 

「急な変化は、人々をびっくりさせてしまうので、起きないほうがいいです。

現状維持で、何もしないことが、一番良いです。」

 

何その進歩のない意見?!そして誰も何も反論しない。

私はディベートで発言することが本当に苦手でした。

が、こればっかりは見過ごせない!!んな訳ねーだろ!

 

「あの、先ほどの◯◯くんの意見ですが、変化は悪いものではないと思います。

確かに、新しいものを目にすると、最初は皆んな不安になるかもしれませんし、摩擦が起きるかもしれません。

ですがそれはいっときの事に過ぎず、徐々に浸透していくものです。

そうして、進歩や発展をしていくんじゃないかと思います。」

 

シーン

 

え、意味不明なこと言った?

教授をチラッとみると、満面の笑みで深く頷いていた

 

よかった・・。

 

普段発言しない私が発言したことが嬉しかったのか、私の意見に賛同してくれたのかわかりませんが、勇気を出して一歩踏み出した発言が、報われたと思いました。

 

知らないこと」は、恐怖です。

 

でも、ただ、知ればいいだけ。

ただそれだけで、解消されるものでもあります。

 

では、また。